Blue Twilight

shion houjouin's diary.

氏ムシメさんの命日

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今日は氏ムシメさんの命日。

7年前の今日、多摩川の河川敷で自身の母親と共に硫化水素自殺。

享年22歳。

 

人柄や抱えている悩みなどと言った面で僕と非常に似ている事で、僕にとっては特別な思い入れがあり、先輩とも言うべき存在のムシメさん。僕は昨年に、ムシメさんに関する詳しいまとめ記事を書いたので、今この記事を読んでムシメさんの事を知ったばかりの人などは、時間に余裕がある時などに是非このまとめ記事を読んで頂けると嬉しい。

去年はそれ以外にも、もしムシメさんが今でも生きていたらどのような人生を送って何をしていただろうかという事に対する個人的な推測を書き述べた事があった。

 

まとめ記事の二度手間になるかもしれないが、今回はまず、ムシメさんについての簡略的なまとめを書き述べるとしたい。後にはそれに加えて、まとめ記事では述べなかった事も書き述べるとしたい。 

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ムシメさんと言えば、2ちゃんねらーであればニートスズキに詳しい人ならご存知だろう。

そんなムシメさんは生前、ブロガーだけではなく、アマチュアの漫画家とイラストレーターやネットラジオ放送主としても幅広く活動していた多彩な男性ワーキングプアだった。

 

しかしその反面、心に深過ぎる闇や生きづらさを抱えていた。

 

ムシメさんは子供の頃から周りに比べて人一倍不器用で、その上小柄で気が弱い為にどこへ行ってもいじめられやすい鈍臭くてひ弱な人柄の人物だった上に、低学歴で童貞のワーキングプアという絵に描いたような負け組の人間でもあった。

だからこそ、ムシメさんは人一倍以上に自己否定感や劣等感が強くてかなり卑屈で悲観的という非常にネガティブな性格をしていた上に、そんな自分の事を徹底して嫌い、憎み、自虐し、誰よりもダメなダメ人間などと徹底して否定的に捉えていた。

 

しかし、彼が抱えていた闇や苦しみは、自身が抱えている悩みだけではなく、自身の波乱に満ちた壮絶な生い立ちや家庭の貧困までもが関わっていた。

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まず、保育園時代は周りと比べて人一倍発達が遅れていた事が原因で、小学校への進学が大変だった。こうした事も踏まえると、ムシメさんはやはり発達障害者だったと思われる。

続いて小学校時代は、小柄で気が弱い上に、勉強も運動も苦手だった事でいじめられ、しかも母親が躁鬱病を発症した。

ちなみにいじめは、その後の中学時代と高校時代やアルバイトでも続いていた。

中学時代は比較的落ち着いた学校生活を送っていたものの、卒業直前に親友が失恋を理由に自殺した。

高校時代は父親が勤めていた会社が倒産した上に、自身が住んでいるヒューザー製のマンションが耐震偽装物件と発覚し、それによってヒューザーに騙されて多額の借金を作ってしまった事で家庭崩壊した。

そして高校卒業後は進学も就職もできずにニートに転落した。(その後、フリーターとなって立ち直っている)

 

日々の生活では、家の借金の返済やいつか来るかもしれない立ち退きのプレッシャーに追われながらも、重度の精神病を患っている母親と、自分と同じように仕事が上手くいかない父親や、自分と同じくバイトをして稼いでいる高校を中退した上の妹と当時義務教育を受けていた下の妹と言った自分の家族を養う為や自分の貧しい家庭を支える為に、毎日死に物狂いでバイトをしながら崖っぷちの人生を生きていた。

 

また、高校を卒業した翌年にブログを開設した。

ブログは彼が亡くなる直前までの間に渡って毎日集中的に書き綴られた物で、そこでは主に、日々の逼迫した貧困生活や自身が抱える悩みなどに対する苦しみが殴り書かれていた。

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しかし、決して辛い事ばかりが続いていた訳ではなかった。ムシメさんはブログを立ち上げてから4ヶ月後に行った硫化水素自殺未遂の後に何とか気を取り直し、昔から持っている上に自身にとっては心の支えでもあるプロ漫画家になりたいという夢や数々の漫画やアニメに対する愛情に目を向け、本気でプロ漫画家を目指す事を決意して立ち直った。

 

そうして、漫画とイラストの勉強や制作を始め、スティッカムでは自作の漫画とイラストの制作実況やフリートークを始めとしたネットラジオ活動を行うようになった。

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そして、翌年の4月には念願の代々木アニメーション学院に入学。

それからは、漫画やイラストを積極的に描いて、それらを積極的にブログや無料投稿サイトに載せたりするようになり、更には積極的に漫画コンテストに応募するようにもなった。

 

漫画の才能は徐々に上達していき、2年目の秋には某ベテラン男性漫画家のアシスタントに採用された事でついに念願の漫画業界へと足を踏み入れた。

しかし、そこで待ち受けていたのは、地獄のような現実と世界だった。

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アシスタント先では劣悪な労働環境下での基準法を無視した異常な長時間労働と薄給で過酷な業務や担当の漫画家と他のアシスタント達による陰湿ないじめやパワハラで心身共にボロボロにされた上に、プロ漫画家になりたいという夢や希望を破壊されてしまい、そうしてついには漫画を描く事や漫画その物に対してとうとう拒否反応を起こすようになってしまった。

 

当時はそれだけではなく、母親の病気と家庭の生活や経済がどうにもならない事にも追い詰められ、その挙げ句には重度の精神疾患を発症して身体にも異常をきたした事で自分自身までもが母親と同様の身になってしまった。

 

繊細過ぎたムシメさんは結果的に、プロ漫画家になりたいという夢を叶える事ができなかった上に、社会や業界でうまくやっていく事も、家族と家庭を貧困から救う事も、自分自身を変える事もできなかった自分の事を徹底的に責めて人間失格と決め付け、そして更には肥大化し過ぎた心の闇と貧困の苦しみに押し潰されてしまい、わずか22歳という若さで自ら死を選んでしまった。

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ムシメさんが描いていた漫画のテーマは、いじめや格差をはじめとした人生と社会の不条理と、人間の醜い部分や、自分自身のような弱者が抱える苦悩などと言った、世の中の負の側面を抉り出すような物だった。

それらの中で最も代表的な作品は、ブログにも連載していた四コマ漫画集「ワープア漫画道」で、この作品は自分自身の貧困生活や日常などを自虐とフィクションを交えて描いたギャグ漫画だった。

話は特に、アルバイトでの辛い経験を元にしたエピソードや、嫌な思いをして辛くなって首を吊るというオチが多い。

また、この漫画にはムシメさんが日々抱えていた悩みや苦しみがはっきりと描かれている。

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ムシメさんの露悪的かつ厭世的な作風は、彼自身が弱者と負け組の苦しみを散々味わって来ただけではなく、貧困と幾多ものいじめや挫折などによる理不尽だらけな人生を送って来た事で、不公平な世の中に対して強い不満を持っていた上に、人生と社会の不条理を知り尽くし、更には人間の醜い内面を沢山見てきたからこそ描ける物だったのだろう。

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僕は以前のまとめ記事で、ムシメさんによく似た人物として、彼が大いに影響を受け、尊敬していた漫画家の山田花子を挙げた。

何と言っても、描いていた漫画の主題が共通していて、その作風や絵柄がよく似ている上に、人柄・考え方と生前の生い立ちや生涯などもよく似ており、しかも最期はわずか20代前半の若さで自殺という同じ末路を辿ってしまったからだ。

また、媒体は異なるものの、亡くなる直前までの数年間に渡って日記を集中的に書き綴っていた事も共通する。

 

だからこそ僕は、ムシメさんの事を男版山田花子とも呼んでいる。

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ムシメさんによく似た人物を他にもう一人挙げるとしたら、伝説の女子高生ネットアイドルとして知られている南条あやが挙がる。

心に深い闇や生きづらさを抱えていた彼女もムシメさんと同じく、自分自身の辛い日常をネット上に日々書き込んで曝け出していた。

その背景には、3歳の頃に母親が離婚した事によって父子家庭で育った事、小学生時代はいじめを受けて不登校になった事、その後進学した私立中学校でもいじめを受けて自殺未遂をした事などと言った自身の悲惨な生い立ちもあった。

それだけではなく、イタリア料理店を経営しながら生活よりも高級車の購入などと言った私利私欲を優先する自分勝手な父親と二人っきりの劣悪な家庭環境と貧困にも日々苦しんでいた。

だからこそ、心を病んでいた彼女は日々、大嫌いな自分自身を殺す勢いで自傷行為を繰り返していた。

 

そしてついには、日々行っていた自傷行為の繰り返しによって知らない間に心臓に異常をきたしてしまい、高校卒業後にカラオケ店内で行った最後のオーバードーズが弱り果てた身体へのとどめの一撃となって亡くなってしまった。ムシメさんより4歳年下のわずか18歳という若さだった。

これによって、20歳になったら当時付き合っていた年上の恋人と結婚するという約束は叶わぬ物となってしまった。

彼女が抱えていた心の闇は、例え人からどんなに愛されても、例えどんなに素晴らしい医者や病院に看てもらっても、決して癒される事のない難病同然の物だったのだろう。

南条あやの日記サイトは数年以上前に閉鎖されてしまったが、そのキャッシュは今でも残っている為に、今でも彼女が生きていた痕跡に触れる事ができる。

 

それに、亡くなった5年後には日記をまとめた自伝本『卒業式まで死にません』が発売された。

卒業式まで死にません―女子高生南条あやの日記 (新潮文庫)

卒業式まで死にません―女子高生南条あやの日記 (新潮文庫)

 

亡くなってから来年でもう20年が経つが、彼女は今でも生前の彼女と同じような闇や苦しみを抱える人達に熱く支持されており、メンヘラ界ではとして崇められている。

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ムシメさんに似た人物を更にもう一人挙げるとしたら、日本人なら名前を知らない者はいない日本を代表する作家の一人でもある太宰治が挙がる。太宰治と言えば、山田花子が尊敬していた人物でもある。

太宰治は、感受性が豊かで心に深い闇や生きづらさを抱えていた故に、かなり卑屈で自虐的という非常にネガティブな思考の持ち主だった事と、死にたいと思いながら生きていた事や、方向性は少し異なるものの、不器用に生きていた事と自分の事を自らダメ人間と捉えて称していた事がムシメさんと似ている。それに、個人的には互い見た目の雰囲気が何となく似ていると感じる。(特に、天然パーマという特徴が共通している)

しかも、ムシメさんはブログで自分の事を「おどけピエロ」と称した事があったが、この表現はいかにも太宰治的だ。

また、ムシメさんが描いていた漫画の作風は、太宰治の初期と末期の小説の作風と似ている。

 

そんな太宰治は最期、38歳の若さで愛人と共に玉川で入水自殺した。その理由は、互いが抱える心の悩みや経済苦だったと言われている。

 

ムシメさんの自殺は、孤独な死だった山田花子南条あやの自殺に対して、太宰治の自殺と被る。何と言っても、同じように親しい女性と共に心中したからだ。それに、自殺した理由も同じように、互いが抱える心の病や生活苦に対する悩みなどと言ったものだった。

また驚く事に、自殺した場所が川という事までも被る。

 

産経ニュースは当時、ムシメさんの自殺を「無理心中」と報道していたが、僕としてはムシメさんが母親を強引に道連れにしたとは全く思えない。

確かにムシメさんはブログ上で過去に、「もし自分が自殺するなら母親も道連れにしなければいけない」などという発言をしていたが、これは半分冗談で言った事だと思う。ムシメさんは松本肇さん曰く、加害者になるくらいなら被害者になる道を選ぶ人物だったからだ。ブログの文章にはそうした人柄が反映されている。

それにムシメさんは晩年、自分自身も心に重い病を患って母親と同様の身になった事で母親の気持ちや苦しみを理解し、ようやく母親と分かち合う事ができた。もし母親と分かち合う事ができなかったら、ムシメさんだけが単独で自殺していたはずだ。

僕はムシメさんの自殺は、ムシメさんと母親がお互い合意した上で共に計画し、共に決行した物なのだと思っている。

また、ムシメさんは自殺する10日以上前に母親と共に等々力を散歩しているが、これは間違いなく、互いが自殺する場所を探す為の下見でもあったのだろう。この事に触れると、亡くなる10日以上前に自殺を計画していた事が分かる。

太宰治山田花子南条あや、そしてムシメさん。彼らを並べると、やはり時代は繰り返される物なのだと思ってしまう。

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ムシメさんが亡くなってから7年が経った今でも、生前の彼と同じような心の闇や生きづらさを抱えながら生きている人間は、この僕も含めて沢山いるだろう。

それに、ワーキングプアの人口や貧困家庭の数が増えている事から、生前のムシメさんと同じような境遇の人間が増えているのも事実だろう。

 

ムシメさんが亡くなってから2ヶ月後には東日本大震災が起き、その年を境に日本の社会は大きく変化した。特に、スマートフォンやラインなどのSNSが普及した事で情報社会が進化した事が大きい。 

だからこそ、ムシメさんは生前の時代よりも、今の時代の方が成功し、認められていたのではないかと思う事が時々ある。今の時代は、kindleをはじめとしたサービスでアマチュアの個人でも書籍や漫画を出版する事が簡単になっている上に、沖田×華さんをはじめとした発達障害者の漫画家が、自分が抱える生きづらさや不器用に生きてきた半生を漫画化して世の中に発信している事から、生きづらさの声を上げる事が、ムシメさんが生きていた頃よりもだんだん許されるようになってきているからだ。 

 

僕としては、もしムシメさんが今も生きていたら、今の世の中をぶった斬るような内容の社会派漫画や、生きづらさを抱えた人達の励ましとなるような内容の自伝漫画などを世の中に送り出して欲しかったと思っている。なぜなら、ムシメさんにはこの僕も含めた他の人には無いそうした特別な権利があったと思うからだ。こうした今の世の中だからこそ、ムシメさんの存在は必要だったと僕は思う。 

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僕は今でも落ち込んだりしたら、必ずムシメさんの事を考える事がある。何と言っても、ムシメさんに対してかなりのシンパシーや親近感を持っているからだ。それに、僕は今まで生きて来た中で、彼程シンパシーを感じた事がある人物は他に誰もいない。だからこそ、僕にとってムシメさんは特別な存在でもある。

もう決して不可能な事だが、ムシメさんと友達になりたかった。ムシメさんなら僕の事を誰よりも理解し、僕の良き理解者になってくれたかもしれない。それに、ムシメさんがもし今日も生きていたら、来月の9日で30歳になっていたはずだ。

 

しかし、ムシメさんのブログは近い将来、ムシメさんの親族による自主的な削除かブログ運営のサービス終了などでネット上から消滅してしまうかもしれない。

実際にムシメさんのスティッカムの動画は昨年の2月頃に全て削除されている。おそらく、スティッカムの運営かムシメさんの親族がプライバシー保護などの理由で削除したのだろう。

もしムシメさんのブログが削除されてしまうと、いずれはムシメさんの事がネット上から忘れ去られてしまうかもしれない。何と言ってもブログは、ムシメさんが生きていた貴重な痕跡であり、貴重な作品集でもある。

 

例え近い将来にムシメさんのブログが削除されたとしても、僕はムシメさんの事を一生決して忘れない。それに、今後もできれば今日のように、こうした場でムシメさんの事を語り継いでいきたいと思っている。

 

最後に、これを言うのは2回目になるが、ムシメさんも彼の母親も、生前はとても悲惨であまりにも薄幸な生涯を送ったからこそ、もし来世という物が本当にあるならば、生まれ変わったら次は、貧困やいじめなどとは無縁で苦しみも悩みも災いもない、穏やかで豊かな充実した幸せな人生を必ず送って欲しい。僕は心の底からそう願っている。

 

そして、合掌…。