Blue Twilight

shion houjouin's diary.

もし氏ムシメさんが健在だったら(chakuwiki風に)

生前はブロガー、Web漫画家、イラストレーター、ネットラジオ放送主としても幅広く活動し、2011年1月4日にわずか22歳という若さで自身の母親と共に多摩川の河川敷で硫化水素自殺した伝説のワーキングプア、氏ムシメさん。

そんな彼がもし、母親と心中せずに生き続け、仮に今日も健在だったら…。

 

※1.全てあくまでも個人的な推測です。

※2.ムシメさんだけではなく、彼の母親も自殺しなかったことを前提として。

 

1.ブログは今日も毎日更新され続けていた。

 ・毎日、1日に記事を数件投稿という高い更新頻度は今日も続いていた。
 ・今年10月24日に10周年達成した際には、ブログ10周年記念記事を書いていただろう。
  ・当記事ではこれまで10年間の振り返りを書いていた。
  ・ニートスズキとぴんすけや、松本肇さんらをはじめとした知人や友人らから沢山のお祝いコメントを頂いていた。
  ・ワープア漫画道ではブログ10周年記念特別四コマ漫画を描いていた。(その時まだ連載を続けていた場合)
   ・あるいは、10周年記念の特別短編漫画を描いていたかもしれない。
  ・ブログが10年間続いた事で、自分自身とブログはネットの各所で話題となり、自分自身とブログの知名度は更に上がっていただろう。
   ・これを機に、ブログを書籍化していたかもしれない。
 ・ブログの題名は変わっていただろう。

2.少なくとも、セミプロ漫画家として活動していた。

 ・四コマ漫画集「ワープア漫画道」の連載は今でも続いていた。

  ・いや、完結させて続編の新しい四コマ漫画集を連載していたかもしれない。

 ・Pixivやニコニコ静画などに漫画・イラスト製作の活動拠点を移していたかもしれない。

  ・実際に、彼が生前に主な活動拠点として利用していた無料漫画投稿サイト「マンマル」は、彼が亡くなった翌月2011年2月にサービス終了している。

   ・あるいは、生前に第二の活動拠点として利用していた現在もサービスが続いているドリームトライブを主な活動拠点にしていた可能性もある。

  ・Pixivやニコニコ静画などに活動拠点を移した場合は、自身の知名度が更に上がっていたに違いないだろう。

 ・今でも、ぼうごなつこさんと共に松本肇さんの書籍のイラストを描き続けていた。

  ・遺作にしてプロデビュー作品でもある『社会人大学院生のススメ―働きながら、子育てしながら博士・修士』は、遺作にはならず、ただのプロデビュー作品となっていた。

  ・それだけではなく、松本肇さんとの交友関係は今でも続いていた。

   ・松本肇さんがテレビ番組に出演した際には、多少はムシメさんの事も話していただろう。

   ・松本肇さんのコネで、彼が代表として務めている有限会社トライアルコーポレーションに入社していた可能性もある。

 ・Kindleなどのサービスで自分が描いた漫画作品を出版するようにもなっていただろう。

  ・その場合、主にワープア漫画道のまとめ漫画本や、自伝漫画を出版していた。

   ・自伝漫画は生い立ちの壮絶っぷりと自分自身のダメ人間っぷりや不運っぷりからネットを中心に注目されていたかもしれない。

   ・自伝漫画が賞を獲得してベストセラーとなった場合、これを機に長年の夢だったプロ漫画家の夢が叶っていた可能性もある。

3.「みちくさ日記」とその作者である道草晴子をベタ褒めしていた。

 ・ムシメさんは生前、彼女のようなヘタウマ系の漫画家をよく好んでいた。

  ・ワープア漫画道と絵柄や作風がよく似ている事で、作品をえらく気に入っていた事は間違いない。

 ・それだけではなく、彼女の壮絶な半生を絶賛していただろう。

4.「ガイコツ書店員本田さん」とその主人公こと作者である本田氏もベタ褒めしていた。

 ・何と言っても、お互い同じように自分の作品の中で自分自身の姿を骸骨人間として描いているから。

  ・これによって本田氏とムシメさんはお互いシンパシーを抱き、お互い仲良くなれたかもしれない。

5.母親と同じく精神疾患の闘病生活を送っていた。

 ・実際にムシメさんは晩年、当時の家庭の生活苦と経済苦やアシスタント業での過労苦といじめ・パワハラのトラウマなどによる莫大なストレスによって、失語症気味になる程の重度の精神疾患を発症していた。(彼が自殺した原因の一つでもある)

 ・とは言っても、症状は母親とは違ってあまり深刻ではなかっただろう。

  ・どちらにしても、比較的速やかに克服していたと思う。

 ・最低一回は精神科か脳神経外科に入院していたかもしれない。

  ・その場合、医療費や保険などに関しては松本肇さんがほぼ全面的にサポートしていたに違いない。

 ・後には闘病生活の経験を漫画化した。

6.東日本大震災が起きた際、その時の事をブログに書き、震災の経験を元にした漫画を描いていた。

 ・反対側である日本海側とは言え、秋田県に住む父親の実家の家族が心配になり、お見舞いの為に秋田県へ一時帰省していたかも。

 ・震災に伴う福島第一原発事故で、反原発運動に目覚めていたかも。

 ・震災で自身が住んでいたヒューザー製の耐震偽装マンションが崩壊しなかった事に対し、姉歯秀次小嶋進ら元ヒューザー関係者に対する憎しみは一層と増したに違いない。

  ・何と言ってもヒューザーは、ムシメさんの一家を騙して多額の借金を作らせて家庭を崩壊させ、自分と家族全員の人生を狂わせた元凶に変わりないから。

 ・それでも代アニは仲間達と共に無事に卒業した。

7.母親は自殺か何らかの病気による死で、一人だけ先に旅立っていたかもしれない。

 ・個人的に、重度の躁鬱病を長年(ムシメさんが小学生の頃から)に渡って患い続けて来た母親は、どちらにしても先が長くなかったと思う。 

  ・脳卒中や癌などを発症していた可能性が高い。

 ・母親が亡くなった際には、ブログに葬式の日記や母親との思い出記事を書き、母親を偲んでいただろう。

8.2012年12月に行われた第46回衆議院議員総選挙民主党が敗退して野党に戻り、自民党が勝利して公明党と共に再び与党となった事と、安倍晋三が総理大臣に再就任した事に対してひどく激怒していた。

 ・ムシメさんは何と言っても、大のアンチ自民だった。

 ・ブログでは、「悪夢再来!悪の自民政権と安倍元総理復活!!」などというタイトルで、選挙の結果に対する批判記事を書いていた。

 ・それから今日に至るまでの間はいつものように、自民党と第二次・第三次・第四次安倍内閣を激しく批判しまくっていたに違いない。

  ・安倍総理が第96代にひき続き、第97代と第98代にも連続で総理大臣に就任した事に対して、かなり腹を立てていた事は言うまでもない。

   ・ついには、安倍総理を「独裁者」呼ばわりしていただろう。

9.2012年12月に華原朋美が芸能界に復帰した事を心から喜び、盛大に祝っていた。

 ・彼女の大ファンでもあったムシメさんにとっては、大きな励ましになっていたに違いない。

 ・彼女が歌手から乗馬へとシフトした事をきっかけに、馬術や競馬に興味を持ったかもしれない。

 ・どうでもいいが、もし彼女が2年早く芸能界に復帰していれば、ムシメさんは自殺を思い留まっていた…かもしれない。

 10.過去にスティッカムネットラジオ活動をしていた経験を活かしてユーチューバーにもなっていたかもしれない。

 ・自作漫画や自作イラストの制作実況やフリートークライブを中心とした生放送を行っていただけではなく、漫画とイラストの制作動画や講座動画を投稿していただろう。

 ・過去に少しだけ関わりがあったワタナベマホト(当時はサシマン)とコラボしていたかもしれない。(ムシメさんは生前、マホトと会話した事があった。4/20 漫画家への道vol.18

  ・もしそうなれば、マホトと仲がよく、漫画家・イラストレーターでもあるユーチューバーのおまめサンシローともコラボして仲良くなり、彼と共に漫画やイラストを描いていたかもしれない。

 ・ヒカキンやはじめしゃちょーなどと言ったトップユーチューバーに対しては色々な面(金持ち、リア充、勝ち組など)で激しく嫉妬していたに違いない。

  ・特にはじめしゃちょーは、金持ち・リア充・勝ち組である事に加えて、高身長・高学歴という面でも自分と対極的な事で、とにかく苦手としていただろう。

   ・しかし、ヒカキンは同じ高卒同士で歳がほぼ同じ(1歳違い)という点で、多少はシンパシーを感じていただろう。

 ・2017年に起きたヒカルらネクストステージのメンバーによるVALU騒動の際にはひどく激怒していた。

11.元ユーチューバーのsyamuを大いに尊敬。

 ・同じダメ人間同士、負け組同士、二人の妹のダメな兄同士、彼女いない歴=年齢の童貞同士(ムシメさんがまだそうだった場合)、底辺高校卒業の低学歴同士、チビ同士、共に80年代生まれで年が近い事などで大いに共感していただろう。

  ・元々尊敬していた人物の一人であるニートスズキと比べて共通点が多く、色々な面でよく似ている為に、ニートスズキよりもかなりシンパシーを感じていたかもしれない。

  ・逆にシャムにとっては一番の理解者になっていた可能性もある。

   ・いや、ムシメさんとはいくら共通点だらけでも、ムシメさんは超ポジティブ思考なシャムとは正反対で対極的な超ネガティブ思考である事から、ムシメさんを煙たがっていた可能性もあるかもしれない。

 ・ブログでは「シャムさんに会いたい」などと公言。

  ・他にも、シャムに対してラブコールを送っていただろう。

  ・ついにはオフ会が成立した可能性も…?

   ・これによって、俺オナ民どころか淫夢厨や恒心教徒らにも目を付けられて彼らの餌食となり、風評被害に遭っていただろう。

 ・ブログでシャムを何度もネタにしていただろう。あるいはシャムをネタにした漫画を描いていたかもしれない。

12.NHKの福祉番組「ハートネットTV」に出演していた。

 ・番組に出演した際には、今までの生い立ちや貧困生活の経験だけではなく、ブログ初期の頃に硫化水素自殺未遂した事も話していた。

 ・これを機に、漫画家の沖田×華さんと親しくなっていたかもしれない。

13.2010年代から目立っている、大津いじめ自殺事件をはじめとしたいじめ自殺事件や、川崎中一殺害事件をはじめとしたいじめリンチ殺害事件に対して激怒し、いじめ自殺事件やいじめリンチ殺害事件を題材とした社会派漫画を描いていただろう。

 ・ムシメさんは元いじめられっ子だったからこそ、各事件の被害者らに対して大いに同情していたはず。

 ・自分自身が受けていたいじめ経験(学生時代だけではなく、アルバイトでの経験も含む)を元にした漫画も描いていただろう。

14.自民党安倍総理同様に、アメリカのトランプ大統領もとにかく嫌悪・批判していただろう。

 ・ドナルド・トランプは地位や人柄などからして、ムシメさんにとっては間違いなく非常に好ましくないタイプの人物。

 ・トランプ大統領を風刺・批判した漫画を描いていただろう。

15.テレビアニメ「おそ松さん」に間違いなくハマっていた。

 ・負け組のダメな大人に成長した六つ子達を描いたアニメだからこそ、六つ子達に対して大いにシンパシーを抱き、アニメを絶賛していたに違いない。

 ・推し松は四男の一松を挙げていた可能性が高い。

  ・何と言っても、自分と同じく超ネガティブ思考であるから。

 ・ブームに乗って数々の二次創作の漫画・イラストを描いていただろう。

 ・これを機に、赤塚不二夫と彼の漫画作品に深い興味を持つようになっただろう。

 ・第1期はもちろん、現在放送中の第2期も毎回欠かさずに観ていた。

  ・いや、第2期は途中で飽きてポプテピピックの方に関心を移していたかも。