Blue Twilight

shion houjouin's diary.

氏ムシメ

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氏ムシメという人物をご存知だろうか?知る人ぞ知る、わずか22歳の若さで自ら命を絶った伝説のワーキングプアである。

 

生前のムシメさんはブロガーの他にも、アマチュアのWeb漫画家とイラストレーターやネットラジオ放送主としても幅広く活動していた。

氏ムシメ(読み:うじ ムシメ)というコテハンは、楳図かずおの代表的な漫画作品でもある『漂流教室』の「ふん、うじむしめ!」という台詞からネーミングしており、「社会の底辺で生きている自分は、食物連鎖の底辺で生きている蛆虫と同じような惨めで下等な存在だ」という自虐的な意味が込められている。

 

日本一才能のない漫画家志望(死亡)

ムシメさんのブログは、彼が亡くなる3年以上前から自殺を遂げて亡くなる直前までの間に渡って集中的に書き綴られた物で、1日に数件というかなり高い頻度で毎日怠ける事も休む事もなく更新し続けていた。

そこには日々の日常生活に関する日誌記録だけではなく、自殺に至るまでの流れも詳しく書き綴られている。

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僕は4年前にムシメさんの事を知ったのだが、初めて彼のブログを読んだ時に真っ先に感じた。僕はムシメさんと人柄と性格も、考え方と感じ方も、そして抱えている悩みや生き方なども似過ぎている。

だからこそ僕は、ムシメさんに対してかなりのシンパシーや親近感を持っただけではなく、ただならぬ縁までも感じた。それどころか僕は今まで生きてきた中で、彼程シンパシーを感じた事がある人物は他にいない。

 

ムシメさんはとても小柄な上に内気で気が弱く、世渡りが不器用で子供の頃から何もかもが周りに負けてばかりいて、要領が悪い為に出来が悪くて何をやってもうまくいかず、それら故に何をやっても揶揄われて馬鹿にされやすい上にどこへ行ってもいじめられやすくて見下されやすい鈍臭くてひ弱な人柄の人物で、その上、低学歴で彼女いない暦=年齢の童貞のワーキングプアという絵に描いたような負け組の人間だった。

だからこそ、ムシメさんは人一倍以上に劣等感と自己嫌悪感や自己否定感が強くてかなり卑屈であまりにも悲観的という非常にネガティブな性格で、超が付くほどのマイナス思考の持ち主だった上に、負け組で惨めな自分の事を徹底的に嫌い、憎み、自虐し、自分で自分の事を誰よりもダメなダメ人間あるいは人生の落伍者と捉えていた。

 

しかし、彼が抱えていた苦しみは、自身が抱えている悩みなどによる心の闇と苦しみだけではなく、貧困と家庭崩壊や幾多ものいじめと挫折などと言った波乱に満ちた自身のあまりにも悲惨で壮絶な過去の生い立ちと自身の家庭の貧困までもが大きく関わっていた。

自分がワーキングプアーになるまで(その1)

ワーキングプアへの道(その2)

ワーキングプアへの道 中学校時代のこと

中学校のこと その2

高校に入ってからのこと

まず、母親がムシメさんを身籠る前に、精神病の予兆があった事によって先に身籠っていた子を堕産している。この時から既に貧困と家庭崩壊やムシメさんの波乱に満ちた壮絶な人生の前兆が始まっていた。

ムシメさんは幼い頃から周りと比べて人一倍発達が遅れていた為に、保育園時代は発音が上手く出来ない事などが原因で、小学校への進学が大変だった。

人柄だけではなく、こうした生い立ちの事も踏まえると、ムシメさんはやはり発達障害を患っていたと思われる。

しかもムシメさんは、保育園時代からいじめを受けていた。

続いて小学校時代は小柄で気が弱い上に、誰よりも勉強と運動が苦手だった事で周囲からいじめられ、しかも母親が二人目の妹を出産した後に精神病(双極性障害の一種)を発症した事によって、家庭の崩壊と貧困が始まった。

幼少期はそれだけではなく、ヒューザー製の新築マンションに引っ越しているが、その物件が耐震偽装物件である事と数年後に起きた耐震偽装発覚事件によって人生と家庭が大きく崩壊する事など当時は全く予想など一切していなかった。

中学校時代は一人だけの園芸部で活動したり、数々の漫画やアニメにハマったりしたりするなど、比較的落ち着いた人生を送っていた。そんな中学校時代もいじめを受けていたが、卒業式の3日に超一流の進学高校への進学が決まっていた優等生の友人が失恋を理由に自殺している。それだけではなく、自身は底辺高校への進学が決まっていた。

ムシメさんにとっての高校時代は、自身の人生における最大の汚点でもあったと共に、人生を大きく狂わせた暗黒時代でもあった。

高校は農業系の学校だったが、そこではいつもの農作業で心身共に苦しめられ、しかも校内環境はヤンキーだらけで荒れている為に悪く、中学時代に続いていじめを受けていた。

そんな当時は、父親が当時務めていた会社が潰れた事で父親は失業した(三度目の失業でもある)。それによってムシメさんはアルバイトを始めたが、そこでは毎日夜遅くまで働かせられて自由な時間を奪われ、更には給与をごまかせられるなどのパワハラに遭っていた。

更には、自身が高校3年生の頃にヒューザー製物件の耐震偽装発覚事件(当時は姉歯事件とも呼ばれていた)が起こり、自身が住んでいるマンションまでもが耐震偽装物件という事実が発覚し、ヒューザーに騙されて多額の借金を背負わされた事によって自身の人生と家庭は大きく崩壊し、そうして人生も家庭も経済もどん底に突き落とされた。

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高校卒業後は進学と就職のどちらもできなかった為に、ニートとなってどん底の堕落した人生と生活を送っていた。そんなニート時代には家庭の経済を救う為にも一攫千金を実現しようとして株や信用取引に手を出した事もあったが、失敗に終わっている。

 

その後、何としてでも自堕落的な自分と人生を立て直そうと決意してフリーターとなった。

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そして、高校を卒業した翌年の2007年にブログを立ち上げた。当初はSeesaaブログサービスではなく、Livedoorブログサービスでやっていた。

格差社会(ブログを立ち上げた際に投稿した最初のブログ記事)

ブログでは、ブログを立ち上げた最初から自ら命を絶つ直前までの間に渡って一貫して、心の闇と苦しみや家庭の貧困に対する苦しみなどによる嘆きを書き綴っていた。

 

母親が重度の精神病に苦しんでいる事と父親の仕事が常に不安定な事や自身も同じようにバイトでの仕事が上手く行かない事だけではなく、多額の借金を抱えている事と自身が住んでいるマンションが欠陥住宅である事などにもよって、家庭の経済がかなり逼迫している為に、毎日の生活が息苦しい事。

現代の日本の腐敗した政治に失望している事と過酷な格差社会に絶望している事。

周りに比べて何もかも負けてばかりいる事と人間的にも社会的にも弱くて人生的に負けている事などにもよって人一倍強い劣等感と自己嫌悪感や自身の過去の壮絶で悲惨な生い立ちのトラウマなどと言った計り知れない程の心の闇と苦しみを抱えている事や、それに毎日苦しみ喘いでいる事。それに、そんな自分の事が殺したい程とにかく憎くて大嫌いでたまらない事。

 

そして、以上の理由で人生と将来を悲観していて明るい未来を描けない事や自殺願望を持っている事。

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自殺願望はあまりにも強く、「死にたい」や「自殺する」などがブログにおける口癖だった上に、自作漫画で自らネタにしていた。

それに、死にたい気持ちはブログだけではなく、常連だった2ちゃんねるの自殺関連スレッドにもよく書き込んでいた。

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ブログ初期の2008年2月頃には、自殺の為の硫化水素ガスの作り方を撮影した動画(ミラー)YouTubeに投稿して、更には自身のブログに硫化水素自殺のやり方を書いた記事(魚拓)を書いて投稿した上に、自ら硫化水素自殺を図ったが、未遂に終わっている。

これらの事は後に日本テレビに目を付けられた事によって日本テレビの取材を受ける羽目になり、同年の5月12日に放送されたNEWS ZEROの「硫化水素特集」に出演した。

しかし、ムシメさんにとって自身の取り上げ方は気障りな物だった為に、ムシメさんはその事に対して不満に持ち続けていた。

12/26 今年の災厄

4/10 日テレのタオル!!

6/12 610の日記念に晒し

ブログはこの一連の騒動によってLivedoorの運営の手によって削除されたが、後にSeesaaブログサービスでブログを再建している。 f:id:shion_houjouin0056A:20170330171347j:image

ムシメさんは、重度の精神病を患っている為に働けないどころか、まともに生きる事すら困難な母親と、自身と同じように仕事が不安定で何度も失業を繰り返している父親や、高校を中退した上の妹と義務教育を受けている下の妹と言った自身の家族を養う為や、自身の貧しい家庭を支える為にも、毎日バイトではいじめられたりいびられたりしながらも、死に物狂いで働きながら崖っぷちの人生を必死で生きていた。

だからこそ、ムシメさんにとっての毎日は、自身が抱える重度の劣等感と自己嫌悪感と過去の生い立ちのトラウマや人生と将来に対する悲観と絶望とそれらによる自殺願望などと言った物による心の闇と苦しみと深刻な程の家庭の貧困や、自身を迫害する世間との戦いでもあった。

 

しかし、決して暗い事ばかりがひたすら続いていた訳ではなかった。

ムシメさんは自殺未遂後に何とか気を取り直し、自身にとって数少ない貴重な心の支えの一つでもある、昔から持ち続けているプロ漫画家になりたいという夢と数々の漫画やアニメに対する愛情に目を向け、本気でプロ漫画家を目指す事を決意して立ち直った。

 

そうしてムシメさんは漫画とイラストの勉強と制作を始めただけではなく、スティッカムネットラジオ活動を行うようになった。それだけではなく、漫画・アニメ学部のある専門学校のオープンキャンパスに転々と足を運ぶようになった。

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氏ムシメさんのスティッカムアカウントページ

スティッカムネットラジオでは、日々の貧困生活やアルバイトなどに関するフリートークを語っていただけではなく、自作漫画と自作イラストの制作実況も行っていた。

スティッカムネットラジオ放送では、漫画とイラストの制作実況や普段の貧困生活やアルバイトなどに関するフリートークを行っていた。

ムシメさんのトーク力は暇と隙も無い上に会話内容が破綻する事も無く、立て板に水でベラベラと喋り続けられる程の非常に高いものだった。この事から彼は、頭の回転が速い聡明な人物だった事が分かる。

それに喋り方は軽快で、普段書き綴っていたブログの暗くて自虐的な文章からは感じられない爽やかさや好青年っぷりを感じた。

 

多彩な上に非常に高いトーク力を持っていたからこそ、もしも今でも生きていてYouTuberになっていたら、多少は成功していたかもしれないし、多少は自身の事を認められていたかもしれない。スティッカムの動画を観ていてそんな悔しい事も思った。

スティッカムの動画は残念ながら、2017年の2月頃に全削除された為に現存しない。

 

他にも、ニコニコ動画では”kurobuntyou”という別名義で日記タグに動画をいくつも投稿していた。

ニコニコ動画に投稿した動画でも、スティッカムネットラジオ放送で発揮していた自身の高いトーク力によるマシンガントークが活かされていた。

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(↑氏ムシメさんが制作した、2008年の6月14日に吉祥寺の某所で開催されたニコニコ動画日記タグユーザーのオフ会、”日記<タグ>ナイト”のポスター。当時、ニコニコ動画の日記タグで動画を投稿していたムシメさんは当オフ会に参加した)

 

一方で、漫画とイラストの画力や技術は少しずつ上達していった。

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そして2009年には憧れていた代々木アニメーション学院に入学した。

代アニでの学校生活は交友関係に恵まれ、とても充実していた。そうした学校生活はムシメさんにとって、かけがえのない青春だっただけではなく、普段の逼迫した貧困生活や陰惨なアルバイトで傷ついた心を癒す貴重な精神薬と言ったような存在でもあったのだろう。

ムシメさんは亡くなる2日前に投稿した記事に、代アニの学校生活と友達は神様がくれた毎日と友達だと述べていた。

楽しい時間

 

代アニに入学してからは、スティッカムで活動する事は少なくなった後についにやらなくなった物の、漫画とイラストを次々と描いて、それらを自身のブログや無料漫画投稿サイトに次々と掲載するようになった他、数々の漫画大賞に応募するようになった。それ以外にも、デッサン教室に通ったりなどしていた。

当時のムシメさんはプロ漫画家になりたいという気持ちが強かった事が分かる。

主な活動の場として使っていた無料漫画投稿サイトである「マンマル」は、残念ながら彼が亡くなった翌月にサービスを終了した為に、そこだけに投稿していた漫画作品はもう読む事ができない。

しかし、別のサイトに投稿していた短編漫画二作は、そのサイト自体が今でもサービスを続けている為に今でも読む事が出来る。

平成シンデレラ~ひめ子ちゃん伝説

混ぜるな危険!

漫画作品の中でも最も有名な物は、自身のブログにも連載していた四コマ漫画集「ワープア漫画道」で、この漫画作品は彼自身の普段の貧困生活や日常などを自虐交じりに描いたギャグ漫画だった。

話は特に、アルバイトでの辛い経験を元にしたエピソードや、嫌な思いをして辛くなって首を吊るというオチが多い。それに絵柄は醜くて汚い感じであり、登場人物はムシメさん本人も含めて皆、顔がどこか歪んでいる上に世界観はどろどろしているが、それが漫画のどす黒い内容を引き立てている。

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この四コマ漫画集は憂さ晴らしとして、惨めで情けない大嫌いな自分の事を容赦なく虐待しながらも、自分の辛さを必死に打ち明けている感じがした。

その一方で、バイト先の職場の嫌いな社員をはじめとした、自身が憎んでいる人物の自身に対する嫌な行いを描く事で、彼らに対する復讐を行っている感じもした。

 

ムシメさんが描いていた漫画作品の作風はいずれも一貫して、少年ジャンプや少年マガジンをはじめとした少年漫画誌に連載されているようなワクワクする熱いバトルとSF・ファンタジーや学園青春などを描いた少年漫画と、りぼんや花とゆめをはじめとした少女漫画誌に連載されているような甘酸っぱくてロマンティックな恋愛ドラマや青春群像などを描いた少女漫画や、ほのぼのとした日常や学園生活をゆるくて可愛らしい絵柄で描いた萌え漫画などと言ったような、いわゆる商業路線のキラキラした華やかな物ではなく、世の中と人生の不条理、人間の暗部や残酷さ、自殺や貧困をはじめとした社会問題、そして彼自身のような世渡りが不器用で人間的にも社会的にも弱い上に運に恵まれてなく、それら故になかなか報われなくて幸福になる事ができない人生に負けた側の人間(俗に言う負け組)の苦しみと哀愁や、惨めで情けない自分自身に対する自虐ネタなどを描いたブラックジョーク物だった。

こうした作風のルーツは、彼自身が高校生だった頃に既に成り立っていた。

16の頃に描いてた漫画

ムシメさんの現実的かつ露悪的・厭世的でネガティブな作風は、彼自身が貧困と幾多ものいじめや挫折などによる理不尽だらけで悲惨な人生を送って来た事で、世の中に対して強い不満を持っていた上に、人生と世の中の不条理だけではなく、人間の暗部や残酷さも知り尽くしていたからこそ描ける物だったのだろう。

 

ムシメさんは主に尊敬する漫画家として、長谷川町子けらえいこ臼井儀人山田花子蛭子能収辛酸なめ子花くまゆうさくさくらももこ西原理恵子楳図かずおらを挙げていた上に、作風と絵柄共に彼らの影響を大いに受けていた他、漫画家として彼らと同じような路線を目指していた。
他に好きな漫画家として、 新條まゆや咲坂芽亜らも挙げていた。

 

ワープア漫画道を読んで思ったが、個人的にムシメさんは負け組の視点で人の心理を描くのが上手いと感じた。だからこそ、この四コマ漫画集の話は僕にとって心に突き刺さる物が多かった。

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また、ムシメさんは自身が描いた作品では、自分自身の姿を骸骨人間として描いて自虐していた。これは彼曰く、自身が骸骨のような瘦せこけた顔と容姿をしていた事が理由となっている。

実際にムシメさんは他人からよく、「ゾンビに似ている」「骸骨に似ている」などと言われていた。

また、この骸骨人間として描かれた自身の分身キャラは、自身のブログと漫画・イラスト作品におけるマスコットキャラクターとなっていた。

 

しかし、現実は甘い物ではなかった。応募した数々の漫画大賞コンテストはひたすら落選が続いただけではなく、アルバイトのいじめやパワハラは一方的にエスカレートしていき、家庭の貧困と生活苦は酷くなっていった。

ムシメさんはそれらによって、卑屈と自己嫌悪感や将来に対する悲観と絶望が増しただけではなく、ワープア漫画道の漫画内での自虐がエスカレートしていった。

それだけではなく、ブログのタイトルは更に自虐的な物へと変わっていった。

他にも、五度目の失業で仕事を更に失くした父親は、自身の失業保険が切れてしまったどころか、もう50代という高齢の為に仕事が見つからない行き詰まった状態に追い込まれてしまった。

 

それに、自殺願望はやはり絶えていなかった。 

 

そして卒業間近となった2010年の秋、昭和から活動しているとあるベテラン男性漫画家のアシスタントに採用されて念願の漫画業界に足を踏み入れた。

しかし、そこで待ち受けていたのは夢と希望で満ちあふれたユートピアのような世界ではなく、あまりにも過酷で残酷な現実と地獄のような世界だった。

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ムシメさんが就いたアシスタント先の職場は、仕事は非常に過酷で指示がいい加減な上に職場環境と待遇はあまりにも悪く、労働基準法をまるっきり無視した異常な長時間労働で不眠地獄に陥られて心身共にボロボロにされ、更には慣れない住み込みまでもさせられ、ムシメさんは職場に適応できず、仕事が上手くできない事や自身のひ弱な人柄などが原因で、担当の漫画家と先輩のアシスタント達によるあまりにも陰惨ないじめやパワハラを受けていた。それだけではなく、給料額は月たったの8万円未満で、この額は自身がかつて務めていたアルバイトの給料額を大きく下回る信じられない程の薄給だった。

入社前に持っていた前向きな気持ちとプロ漫画家になりたいという夢と希望は、とんでもなくブラックなアシスタント先の職場によってボロボロに打ち砕かれ、社会や業界で上手くやれない上に、無暗にプロ漫画家になろうとして失敗した自分の事を自分で徹底して責めて追い詰めてしまい、挙句の果てには、自身にとって数少ない心の支えでもあった上に、今まであれほど大好きで夢中になっていた漫画を描く事と漫画その物(興味のある好きな漫画だけではなく、興味のない漫画も含む)に対してとうとう拒否反応を起こすようになってしまった。

 

当時はそれだけではなく、母親の精神病がどうにもならない事と父親の仕事がどうしても見つからない事や代アニの学費とヒューザーの借金を返しきれない事などにもよって、家庭の経済や生活がどうにもならない事にも追い詰められ、更にはマンションの立ち退きを迫られるなど、精神的にも人生的にも徹底的に容赦なく追い詰められてしまった。

そうしてムシメさんはついに、失語症気味になる程の精神疾患を発症してしまい、とうとう自身までもが母親と同じような身になってしまった。

だがしかし、ムシメさんは経済面に余裕が無い上に保険が切れていた事で治療する事が極めて困難な物となっていた為に、それが彼の心を更に圧迫した。

 

結果的にはそうした切迫した事態が引き金となって、ムシメさんはついに自分と自分の人生に対して完全に希望を失くした上に生きる気力までも喪失してしまい、更には自分の事を人間失格と決め付け、とうとう本気で自殺する事を決意してしまった。

そして、クリスマスの時期に仕事が休暇期間に入った事で家に帰宅したら、自殺の準備として自分の部屋の身辺整理を行ったりなどした(実際に身辺整理は12月の初頭にも行っていた)。当時のムシメさんには、ブログを立ち上げたばかりの頃に持っていた、「漫画家になりたい」「自分を変えたい」「負け組から脱却したい」「家庭を貧困から救いたい」などと言った前向きな考えは一切失くしており、その代わりに諦めの思いしか持っていなかった。

 

それからムシメさんは、余命を生きるつもりで残された少ない時間を精一杯楽しんで生きた。それにブログでは、無理してでも明るく振る舞い、その日の思い出をただひたすら書き綴っていった。

 

個人的に当時のムシメさんはもうネガティブではなく、達観している感じしかしなかった。

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そして、翌年2011年の1月4日未明、ムシメさんは多摩川の河川敷で自身の母親と共に硫化水素自殺を遂げた事によって、わずか23年弱の短い人生を閉じた。

この件は当時、産経ニュースでは以下の内容で実際に報道されていた。

多摩川で男女2人遺体見つかる 50代の母と20代の息子が無理心中か 遺書に生活苦の悩み』

 4日午前7時45分ごろ、東京都世田谷区野毛の多摩川河川敷で、ポリ袋をかぶった男性と女性が倒れているのをジョギング中の男性が見つけ、110番通報した。
 2人は搬送先の病院で死亡が確認された。警視庁玉川署によると、亡くなったのは50代の母親と20代の息子とみられ、倒れていたそばに遺書もあった。同署は無理心中とみて身元の確認を急いでいる。
 同署によると、男性はうつぶせでポリ袋を頭からかぶり、女性はすぐ横にあおむけで倒れていた。
 ポリ袋の中には、トイレ用洗剤と入浴剤を混ぜた液体入りの洗面器があり、硫化水素で自殺を図ったとみられる。
 遺書には生活苦や病気の悩みなどが書かれていたという。

自殺する直前には「灯火」というタイトルのブログ最後の記事を投稿しているが、個人的にこの記事は、俗に言う死ぬ死ぬ詐欺とは一画したかなりの生々しさを感じた。

この記事には自殺する直前に自殺を行った現場から撮影した多摩川の河川敷の夜景写真が貼られており、それに加えて「街の灯り見てると切ない」という当時の心境を書いた文章だけが添えられている。

「ここまで来てしまったからもう後戻りはできない。けれども自分にはもう先がないし、生きる気力が全くない。それに、例え今ここで思い留まってこの先を生きたとしても、自分には果てしない暗黒と地獄しか待ち受けていない」と言ったような、僅かな未練や切ない気持ちがたった一行の短い文章から感じられた。

 

ムシメさんは他にも、常連だった2ちゃんねるの自殺関連スレッド(【ノックダウン】硫化水素による自殺111【H2S】)には自殺予告文と遺書的な文章を投稿していた。

242 :優しい名無しさん:2011/01/02(日) 22:22:38 id:FTr98ctT
>>240
奇遇ですね。私も明日の未明決行の予定です。
河原でちょうど人気のない、良さそうな場所を見つけました。

 

244 :優しい名無しさん:2011/01/03(月) 21:31:44 id:TLVVNqgv
いよいよ今日決行となってしまいました。最愛の母と共に逝きます。

こんにち、私の命があったのもドクターキリユ様はじめ
硫化自殺の礎を作ってくださった先人の皆様のおかげのことと思い
心から感謝している次第です。本当にありがとうございます。
お先に失礼致します。

それら以外にも、2010年の12月に一度投稿した後にすぐ削除したブログ記事が存在していた。 

ムシメさんがガチで死んじゃったようなので(ニートスズキさんのブログ記事)

いま家に着きました。 

ひたすら、放心しています・・・・・・・・・・・

でも、久々に家族やねずみちゃんに会えて、ちょっとだけほっとしている

この2週間は、本当に言葉にすることのできない、繰り返し襲われる様々な悪夢との戦いでした。

仕事机に向かうたびに、焦燥感、恐怖感、無力感、脱力感、倦怠感、疲労感・・・

様々な苦しみが、繰り返し打ち付けられる波のように訪れ、涙で原稿を濡らしそうになったのは、数えきれないばかりです。

トイレに行って泣こうにも、その回数すらカウントされ、咎められ、睡眠の時間が訪れても、悪夢にうなされました。

外出も制限され、自由時間にすらその自由など存在しない生活でした。

唯一の楽しみは、仕事中に繰り返し流されるテレビ番組の音声のみを聞くことくらい・・・・・・・・・・・

けれど、流れてくるのは世紀末のニュース、暗い、悲しい話題ばかり。

たまにやってくる編集部の人は、先生の前ではヘラヘラしておべっか使って持ち上げて、他の先生の悪口は好きたい放題言っている。

ほかの先生んとこではその逆をしているんだろう。

また違う日に来た編集は、アンケートの結果が悪い、4位で安泰だと思うなと作業している横で、挨拶もせずに来て罵倒して、そのまま帰っていった。

人間として、最低の連中だと、思ってショックうけた。

もう疲れてしまいました。 

たくさんの苦痛に耐えていく先の未来に、明るいきざしや光が

全く見えなくなってしまった。

自分の描いていた未来や、あこがれがちぎれるのを見た。

このまま生きていても、待ち受けているのはこのままと変わらない苦痛の連続の毎日だということは、簡単に想像が付きます。

こんな毎日が、これから先、無限に続くのかとおもったら、いっそ何度も死んでしまおうとして、さすがに硫化水素は持って行けなかったから色帯だけ常にバッグに忍ばせ手放せなかったのですが、買い物に入った先のトイレでさえ衣装を引っ掛けるフックが付いていないと

「これじゃ首が吊れない!!どうしよう!!」

とパニックになり、涙ながらに公園のベンチで顔を伏せて泣きまくるというそういう生活が続きました。

けれど、そんな状況にまで追い込まれても、自分にはそんな心境や近況を語れるのは、ここのブログくらいのもので、じっさいに頼れる、相談できる知人や親戚、友達・・・そういう人が本当にいない現実に、驚いた。

22年の人生のなかで、いかに自分が、表面だけでの付き合い・・・・・

人に嫌われたくない思いが故、おどけピエロに徹して・・・

笑われて、いいように使われて、それで好かれたつもり・・・・

本当の人間関係を築いてこれていなかった現実にただ愕然としてしまいました。

あとはただ、孤独感との戦いだけでした。

仕事先、アシスタントの同僚の人達の輪に入ろうとしても談笑している先にふと自分が現れただけで

「うわ!びっくりした!」

と言って、会話が止まってしまうという始末・・・・・・・

気まずくなって、すごすごとベッドにもどって、また泣くだけの夜明け前、仕事が出来なくって、怒られないのはパソコンでの作業くらい。

それですら、定格通りの画面に仕上がっていなくって、仕事終わってからわざわざ、先輩アシスタントに因縁をつけられる。

挙句には、廊下をあるく足音や、椅子への座り方にまで文句を言われる始末・・・

ちなみに、その先輩には、自分は名前で呼んでもらったことは一度もない(たいていは”オイ”か自分に似ている芸人の名前とかで呼び捨てられる)

(なんで自分はこんなとこに来てしまったんだろう・・・)

そういう自問自答を、何度繰り返したかわかりません。

でも思えば、そんなことは今に始まったことではなく、前のバイト、そのまた前のバイト・・・・その更に前、学校生活でも、自分は同じような生活を送っていた気がします。

ようするに、人間として根本的な部分からして欠陥品。

欠陥まみれのポンコツ暴走列車

それが自分の歩んできた人生であり、人間そのものなんだと思う。

だから、自分は自分をもうリコールさせてやんないとこの苦しみからは決して逃れられないと悟りました。

こんなこと、もっと早く気付くべきだったんだよね。

けど、いつか先にはこんな自分なりの明るい未来が待っていると思ってバカに期待してしまった。

待ち受けてるのはひたすら厳しい現実、暗黒の日々。

もちろん、理由はこんだけじゃないんです・・・・・・

アシスタントでは、良くしていただいた事だってあるわけだし厳しいのは、その先輩なりの愛情表現かもしれないという思いでこれが原因になることは、到底ありえません。

でも、それ以外の部分・・・・・・・

家庭の経済のこととか、病気のこととかが色々かんぜんに切羽詰まってきて小手先の乗り切る手立てでは、どうしようもないとこまで来てしまいました。

頑張ったけれど、もうどうしようもない事態というのは避けられないっていうのを、見せつけられているんじゃないかと思ったりします。

けれど逆の発想でいけば「もういいじゃないか」という、今いろいろな状況がうまいぐあいに絡まって、臨海地点に達してなんかそういう環境を神様はつくってくれたのかも知れません。

だからもう、自分は自分を、自分で楽にしてあげることにしました。

これからお正月のちょっと先まで、休みはあります。

その期間に、目一杯やらんいけないことの最低限をやろうと思っている。

恐れていた現実、それが目の前に迫ってきてしまっているんだけれども不思議と恐怖感は無くって(あぁ、やっと終わるのかなぁ)という安心感に包まれている。

こんなことまた言ったりして、いつもの死ぬ死ぬ詐欺だと思われのことだと思います。

仕事先では、お返事が出来なかったことでこころ苦しいのですが、沢山の励ましのコメントも頂いて、何度も頑張ろうと思っていたことだったり見ず知らずの自分を支えていただけてること、本当にこれが自分にとっての唯一の財産になっていること、言うまでもありません。

もっとハッキリ言っちゃえば、死ぬのとめていただいて本当にありがとうございます。

自分は、友人を中学の卒業式前日に亡くした(自殺)経験があるので、人一倍なりにそれは理解しているつもりです。

ももう、最後のカードを切る時が来てしまったように感じます。

そうするしかないのです、そうなったほうが100%良いのです。

今回ばかりは、もうだめだと思うし、そうしなくっては、ならないと思うのです。

だから、ご丁寧な心配のメールや連絡下さったりはしないで頂けると有り難いです。

こんなこと言っていても、究極のダメ人間のことですから、おどけてふざけて、血迷う可能性だってあるのですから。

最後のご挨拶はまた改めてさせていただきとうございますが、今年いっぱい、そして、新年の少しの間まで、みなさんと明るく楽しく残された最後の時間を楽しみたいと思っています。

それまでは、これまでの思い出を振り返ったり色々なイベント、テレビを楽しんだりして、いつもどおり元気いっぱい、毎日を楽しんでブログ続けていきたいと思う。

究極の最底辺、蛆虫の、その末路を生暖かく見守ってみてください。

どうかよろしくおねがいいたします。

本当に、いつもいつも、感謝しています。ありがとうございます。

この記事には本気で自殺を決意した事だけではなく、過酷なアシスタント業と当時のどうにもならない切迫した状況に対する苦悩と嘆きや、自分自身に完全に失望した事によって自身が抱える心の闇と苦しみが限界に達して爆発した事なども殴り書かれていた。

 

ムシメさんにとって、代アニの仲間達や松本肇さん(後述)などを除いたほとんどの他人は、自身との比較で自分を劣等感と卑屈で苦しめたり、自分の事を虐めたり揶揄ったりして玩具のように扱って楽しむ為に存在する悪魔のような存在(あるいは敵)でしかなく、バイトやアシスタント先の職場をはじめとしたどの場所も自分が迫害される為に存在する地獄のような場所でしかなかったのだろう。だからこそ、ムシメさんにとってこの世と自身の人生は、自身が自分で言った通り地獄その物でしかなかったのだと言える。

 

自殺する事を決意した時と自殺する時のムシメさんはどんな気持ちだったのだろうかと考えると、色々と思ってしまう。

 

自己嫌悪感が極まり過ぎて自分の事が絶えられない程嫌で嫌でたまらなくなり、ゴミを捨てるように惨めで大嫌いな自分自身を投げ捨ててしまいたかったのだろう。

ゲームのリセットボタンを押すように自分の人生を帳消して終わらせ、生い立ちのトラウマと貧困の恐怖と苦しみや重度の自己嫌悪感と劣等感や人生と将来に対する絶望や悲観などと言った全ての煩わしさから逃げてしまいたかったのだろう。

自分の人生を達観してもうダメだと悟り、勝ち組になれなくて幸せになれない(恋愛できない、結婚できない、良い仕事やまともな会社に就けない、裕福になれない、プロ漫画家になれない)くらいなら死んだ方がマシだと思ったのだろう。あるいはそんな自分は生きる価値がない存在だから死んだ方が良いと思ったのだろう。

地獄のようなアシスタント先の職場に再び戻る事が、強い拒否反応を起こす程とにかく怖くて嫌で嫌でたまらなかったのだろう。

 

何より、将来に少しでも希望を見出す事や生きる事に少しでも自信を持つ事がもうできなくなり、貧困の恐怖と苦しみや、肥大化し過ぎた自己嫌悪感と劣等感と過去の生い立ちのトラウマと人生に対する悲観と絶望やそれらによる生きづらさなどと言った心の闇と苦しみにこれ以上耐える事や、自身のあまりにも過酷な人生をこれ以上生きる事が本当に限界で、これ以上我慢する事ができなかったのだろう。

一方で、一緒に自殺した母親もそれと同じように、自身が抱える心の病気にこれ以上耐える事がもう限界で、これ以上我慢する事ができなかったのだろう。

あまりにも可哀想でならない。

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ムシメさんの自殺の件は当時、ニュースで報道されていた他にも、生前の彼と交友関係があった教育評論家の松本肇さんがムシメさんの残された家族や警察に直接連絡して事実を確認した上で、自身のブログに書いて報告している。 

自殺をしようとしている方へ 

守られなかった約束 

年の初めがこんなこととは

今の自分にできること 

私が彼を知ったのは

彼がモデルのキャラクター

自殺は一種の病死だと思います

松本さんはその後もムシメさんの事に何度も触れて、彼の追悼記事を書き続けていた。

人が死ぬと悲しいことと宗教 

「自殺」、賛美も嫌だし批判もしたくない

自殺した氏ムシメさんに捧げる本 

「ピリ辛ホルモン炒め」を見ると彼を思い出す

少しうれしい……自殺の話 

今日は氏ムシメさんの命日 

松本さんはムシメさんのスティッカムネットラジオ放送を見てムシメさんの事を知り、後に交友関係を持ったのだが、そんな彼はいつもムシメさんのブログを読んだりしていただけではなく、ムシメさんと一緒にどこかへ出かけたり、相談に乗ったり、食事を奢ったり、自身が務めている出版社の事務所に連れて来て簡単な仕事を与えたりなどした。

それだけではなく、ムシメさんを何としてでも自殺させない為に友人の弁護士と社会保険労務士の相談窓口を設けたりなどしたが、結局ムシメさんはそれらを一度も使う事も頼る事もなく、自らこの世を去ってしまった。

 

松本さんは、歳が二回り離れたムシメさんの事を弟のように可愛がっていた。だからこそ、ムシメさんにとって松本さんは優しくて頼れる良き兄と言ったような存在だったのだろう。

社会人大学院生のススメ―働きながら、子育てしながら博士・修士

社会人大学院生のススメ―働きながら、子育てしながら博士・修士

 

松本さんは他にも、ムシメさんが亡くなった翌年2012年の5月に発売された自身が編纂を務めた書籍の漫画挿絵や表紙イラストを担当させた。この本はムシメさんの事実上の遺作となっている。

松本さんがムシメさんに当書籍の漫画挿絵や表紙イラストを描かせた理由には、彼をプロデビューさせたいという思いがあった。

ムシメさんのプロデビュー作で遺作『社会人大学院生のススメ』

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僕は個人的にムシメさんの事を”男版山田花子”とも呼んでいる(吉本興業の女性芸人の方ではなく、故人の漫画家の方)。

なぜならムシメさんが描いていた漫画作品は山田花子の漫画作品と作風や雰囲気がよく似ているだけではなく、ムシメさんと山田花子はお互い、人柄と考え方や歩んで来た生涯もよく似ており、しかも両者とも最終的にはわずか20代前半の若さで自殺という同じ末路を辿ってしまったからだ。

それだけではなく、亡くなる直前までの数年間に渡って日記を集中的に書き綴っていた事も共通している。

それに先に述べたように、実際にムシメさんは山田花子の事を尊敬していた上に、作風と絵柄共に彼女の影響を大いに受けていた。

山田花子の漫画作品や、生前の彼女が書いていた日記を死後にエッセイとしてまとめた「自殺直前日記」は、彼女の死から20年以上が経った今でも、彼女のように世渡りが上手くできずに生きづらさを抱えている人達のバイブルや支えとなっているが、ムシメさんはそんな彼女をリスペクトして、自身の日記と漫画に自分自身と同じような弱者に共感してもらいたい、あるいは支えになって欲しいという願いや思いを込めていたのだろう。

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色々と考えさせられたムシメさんと彼のブログだが、ムシメさんは本当に頑張って生きた人だと改めて思った。

ムシメさんは気が弱くてとても小柄で周りに比べて何もかも負けてばかりで何をやっても上手くいかなかったりして非常にネガティブだった一方で、その分、生きる事に人一倍努力して人一倍以上頑張って生きた人だと本当に思う。

深刻な貧困だけではなく、重度の劣等感と自己嫌悪感と人生に対する悲観と絶望や過去の悲惨な生い立ちのトラウマなどと言った自身が抱える心の闇と苦しみにもがき苦しみながらも、バイト先では周囲から虐められたりいびられたり揶揄われたりしながらも、そしてプロ漫画家になりたいという夢を追いながらも、自分自身の為だけではなく、自身の家族を養う為や自身の貧しい家庭を支える為にも死に物狂いで必死にひたむき頑張って生きた生前の彼の生き様にはとても感銘した。

けれどもそれら故に毎日は心が抉られる程苦しく、もの凄く生き辛かった事だろう。

 

ムシメさんは結果的に自分や世間に打ち勝つ事ができず、肥大化し過ぎた心の闇と苦しみや家庭の貧困などに押し潰されてしまい、自ら降参したように死を選んでしまった。

まだ22歳という若さだった上に、漫画家としてこれから成長していける可能性や代アニなどを通じて上達した漫画の才能をこれから更に磨いていける可能性があったはずだと考えると残念でならない。

しかし、わずか22歳の若さで母親と共に自ら命を絶った最期の選択は、ムシメさんのみならず、母親にとっても、それぞれが抱える苦しみから解放されて楽になる為の最善の選択でもあったのだろう。

 

僕としては他にも、晩年のムシメさんは、「自分はどうしようもないダメ人間だったし、人生は辛い事だらけで本当に惨めだったけれど、多少は楽しい事や良い事もあったし、やりたい事や好きな事は充分やった。もうこれ以上やり残した事はないし、後悔はしていない。けれども、自分はこの先を生きてもきっと今まで通り辛い事ばかりしかないだろうし、エネルギーを全て使い尽くしたから生きる事にもう疲れ果てた。だからこれでもう終わりにして心身共に楽になりたい」と言ったような、諦めの思いも混じった人生に対する満足感を抱いているようにも感じた。

だからこそ、僕は最初から最後までブログを一通り読んだ後、不謹慎かもしれないが、「彼は無事に死ぬ事ができて本当に良かった。地獄のような自分の人生と世の中から無事に脱出できた。自分の体と心を縛っていた心の闇と苦しみや貧困の苦しみから解放された。だからこそ、ようやく楽になれてついに救われたんだ」と思うような不思議な心情を抱いた(決して、彼の死を正当化している訳でも称賛している訳でもない)。

 

それに僕は、ムシメさんは最期まで自分の為だけではなく、家族の為にも尽くしたと思う。

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ムシメさんが亡くなってからもう6年以上が経っているが、あれからここ数年間で日本は豊かで生きやすい社会になったと思いきや、むしろ相変わらず息苦しい社会となっている。

広がり続ける格差、低俗化・冷酷化する民度、猛威を振るうブラック企業やブラックバイト、後を絶たない陰湿ないじめと残忍な少年犯罪や若者の自殺。

更には、貧困層(特に、貧困に苦しむ子供と学生やシングルマザーなど)と非正規雇用労働者の割合やワーキングプアの人口が増えている事から、生前のムシメさんと同じような境遇の人は増えている。

この世の中を地獄と呼ばずして一体何と呼べばいいのだろうか?きっとムシメさんがこのような日本の現状を見れば嘆き悲しむ事だろう。

 

これは残酷な事かもしれないが、個人的には他にも、ムシメさんにとって日本の社会を生き抜く事は非常に困難な事だったと思う。

日本の社会は厳格な階級制である為に、貧しい人間や人生のレールをはみ出した人間に冷たいのはともかく、厳格な集団社会でもあるからこそ、社会・会社・学校のそれぞれにおいての周囲や基準に合わせられない人間や周囲と感性が合わない人間には容赦しない。そうした人間は異端者とみなされて周囲からいじめられ、世間から迫害される運命にある。

だからこそムシメさんは、西ヨーロッパ諸国のような、福祉やセーフティネットが充実していて弱者に優しい上に、一人一人の個性を尊重する社会を敷いている国に生まれていれば大分生きやすかったかもしれない。

 

けれどもムシメさんに関しては第一、彼自身の生まれつきの人柄と運の悪さのみならず、親の人柄と家庭の環境や、それらなどにもよる境遇の面からもして、本当に気の毒だったとしか言いようがない。例えを変えて言うと、ムシメさんの人生は難易度があまりにも高過ぎた。あるいは、運悪くとんでもない貧乏くじを引いてしまったと言っても過言ではない。

 

とは言っても、人間は誰もが生まれる国と場所と時代と家庭も自由に選べず、オンラインゲームのように性別と見た目や人柄を自由に選んで決めたりする事などできない。むしろ、何もかもがランダムに決められてこの世に無理矢理生み出されるのが事実。確かにこの世は理不尽過ぎるが、だからと言ってそんな事を嘆いても仕方がない。

残酷な事かもしれないが、結局はその時その場所に合った人生を紡いでいくしかないのだろう。

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僕はムシメさんの事を彼が亡くなって既に故人という存在になってから数年後に知った為に、言うまでも無く、彼とは面識も関わった事も一切無い。

しかし、今でも彼の事が頭の中で思い浮かんだりする上に、落ち込んだりした時は必ず彼の事を考えたりする。

先に述べたように、僕はムシメさんに対してかなりのシンパシーや親近感を持っている。だからこそ、僕にとって彼は特別な存在だ。

もし、ムシメさんがあの時に自殺する事を思い留まって今でも生きていたら、友達になって色々話したり相談に乗ったりしてお互い支え合いたかった。彼は僕と人柄や悩みが非常に似ていて感性がこれほど合う人物だったからこそ、ひょっとすれば親友関係になれたかもしれない。そんな残念な事ばかり思っていたりする。

もう決して不可能な事だが、ムシメさんのブログやワープア漫画道の続きを読んでみたかった。もし今でも生きていれば、ブログにどのような日記や記事を書き、ワープア漫画道にどのような四コマ漫画を描いていたのだろうか。

それだけではなく、もしもプロ漫画家となってプロ漫画業界に進出していたら、どのような漫画作品を世の中に送り出していただろうか。考えたらキリがない。

僕は少なくとも、もしも今でも生きていていれば、今のこの世の中に異議を訴えた漫画や、自身の辛い経験のエッセイを描いた、社会的に弱い立場にある人達と貧しい人達や生きづらさを抱えた人達の支えや励ましとなるような漫画を世に送り出して欲しかったと思っている。

 

ムシメさんも彼の母親も、生前はとても悲惨であまりにも薄幸な生涯を送ったからこそ、もしも生まれ変わりと来世という物が本当にあるならば、生まれ変わったら次は貧困やいじめなどとは無縁で、苦しみも悩みも災いもない、穏やかで充実した幸せな人生を必ず送って欲しい。僕は心の底からそう願っている。

それはこの僕だけではなく、今も生きているムシメさんの父親と二人の妹さん方も、かつての代アニの仲間達も、彼の事を弟のように可愛がった松本肇さんも、そしてその他の彼と親しかった人達とかつてブログの読者だった人達や、彼の事を応援していた人達も願っているはずだ。